ちがうんだよ。
そんなことじゃないんだよ。
どんなに環境が良くなっても
どんなにいい人たちに出会えても
心が囚われているそこから抜け出すのに
それらが必要なわけじゃないんだ
茶番を繰り返したって
ダメなことくらいわかっていて
誰かがやさしく言えば言うほど
その言葉がナイフのように突き刺さるとは
きっとあなたは思いもしないだろう
そう、頭で分かっている
だからこそ苦しむということをあなたは理解できないでしょう
分かっていても
そう一歩を踏み出せるならやっているさ
タイミングがある
人にはタイミングが
それを見測れないから否定も肯定も意見も必要ない
黙ってほおっておいてくれ
ありのままでいいというのなら
這い上がれない今のあたしでもいいじゃないか
結局は
あなたが発するその言葉も
あなたのエゴであるということ
あたしのパフォーマンスがエゴであるのと同じでね
ここまで這い上がるのに20年かかった
あなたに何か言われる筋合いはない
鍵なんて持っていないくせに
檻から出てこいとか言わないで
夢を見た。
さようならという言葉を。
何度も何度も反芻す。
さようならという思いを。
何度も何度も思い出す。
さようならといった人を。
何度も何度も責めている。
うごめく脳のその奥で
あたしはいつまで籠るのだろう。
握りしめた手のひらを
開くその日は来るのだろうか。
差し伸べられるその手には
何か温かいものがあるのだろう。
ただ恐ろしくて手を出せず
傷つける事が怖いのか。
誰かを傷つけるのか。
自分を傷つけるのか。
その手を取ることが本当は
誰のためにもなるという事を
あたしはまだ認めたくないのだろう。
今まで何だったのか。
これからどうしたいのか。
まだ見えないのか、見ないのか。
さようならという言葉を。
何度も何度もつぶやくけれど。
さようならという言葉を。
まだ声に出せない。
あぁ あたしは何と無能なのだろうか
幾度となく 繰り返されてきた愚問だ
真実の所 そんなことは人生には関係ないのだろう
それでもなお 幾度とかなくあたしの中で繰り返されてしまうのは
さかのぼり さかのぼり ずっとずっと昔から
繰り返されてきた ずっとずっと昔から
細胞に 刻み込まれている記憶
それが容易に引きずり出される
自分の癖だったり 誰かの口を通じて ニュース 本 映画 歌
繰り返し その都度消していくしかない
時間はかかっても
出てくる度に 繰り返し 繰り返し
水滴が石を削るように
ゆっくりと 何度も
いつか その石が輝き 美しく形作られるまで
何度でも そう 何度でも
あたしは 泣いてやろうじゃないか